0.導入
株式会社アルファドライブは、新規事業開発や社内起業をテーマに外部から識者をお招きし、定期イベントを開催しています。今回のゲストは、経済産業省の新規事業創造推進室長を務める石井芳明氏です。大手企業・スタートアップ間の人材交流促進のため行われている同省の「起業家育成支援策事業」について、株式会社アルファドライブの麻生要一が伺いました。
1.スタートアップ創出を進める経済産業省の2つの事業
岸田文雄内閣総理大臣は、自身の年頭記者会見で2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けました。このメッセージについて、石井氏は次のように解説します。
「わが国の資本主義を新しくアップデートしなければならない、そのためには新たなプレーヤーが必要です。学生、若者、女性、中小企業・小規模事業者、大企業経験者、その全てが未来をつくる主役であり、そうした挑戦者をサポートしていくという思いが込められたメッセージでした」(石井氏)
石井氏は、スタートアップ創出とオープンイノベーション推進は「車の両輪」であり、「スタートアップを巡るエコシステムが生まれれば、スタートアップとのインタラクションによって既存セクターが活性化していく」と述べます。
「新規事業に取り組み成長するスタートアップは、その過程で人材や経営資源の確保の壁に直面します。一方、大企業では優秀な人材を確保しつつも、新規事業を機動的に動かす機会を十分に提供できません。その上、新規事業開発や事業ポートフォリオ組み替えの担い手としての人材育成で苦労している状況です。大手企業とスタートアップの人材交流を促進させることで、双方のニーズを補完し、イノベーションを加速させます」(石井氏)
今年度末に向けては、新たに下記2つのモデル事業が動き出す計画です。
・スタートアップ等への兼業副業・出向等支援
スタートアップが成長過程における課題解決をするために、プロジェクトベースや期間限定で大企業の若手・中堅人材の「武者修行」を受け入れることを支援する。
・EIR(客員起業家制度)支援
新規事業に取り組む企業がイノベーション促進のために、そのオフィスや工場などにおいて起業準備を行う者を雇用したり、スタートアップなどとの協業のための業務委託をしたりするモデル事業を支援する。
石井氏は両事業に期待する効果として「スタートアップにおける経営資源獲得、およびノウハウ、プロセス、ネットワークなどの蓄積。大手企業で事業を回す機会・経験の獲得、新事業の創出機会、スタートアップの活力の伝播」を掲げました。
2.ベンチャー出向で生まれる新規事業創出のエコシステム
ここからは、株式会社アルファドライブの麻生要一が、上で述べた経済産業省の両事業の詳細に迫ります。
──石井さん、両事業について詳しくお聞きします。まずは「スタートアップ等への兼業副業・出向等支援」についてです。
──いわゆる「ベンチャー出向」といえば、企業間レンタル移籍プラットフォーム「ローンディール」が有名です。経済産業省が今、改めてベンチャー出向を力強く後押しする理由は何ですか。
以前、経済産業省の女性職員をメルカリに研修生として受け入れていただいたことがあります。大きく成長して帰ってきた彼女の姿を見て、ベンチャー出向の効果を肌で感じていました。ローンディールが構築した仕組みはたいへん素晴らしいものです。しかし、社会全体としては、ベンチャー出向はまだメジャーの流れに乗れていない印象です。また既存の仕組みだけでなく、コストが合わず取り組めない事業者もあると感じました。
──つまりは、ベンチャー出向のストリームを巨大化させたいと?
はい。イノベーションの話になると必ず日本の課題として「人材の流動化」が取り沙汰されます。現時点においては、出向あるいは兼業・副業が有効な解になり得ると考えています。
──なるほど。実は、当社の業務委託メンバーである土井雄介は、2020年1月にトヨタ自動車のベンチャー出向1号社員として株式会社アルファドライブに参画しました。面白いのは、彼がトヨタ自動車に戻ってからも当社と関わりを持っている点で、今はトヨタ自動車で新規事業プログラムを担当しながら、当社子会社の株式会社ユニッジのCOOも務めています。
土井さんのことは存じ上げています。経済産業省はジェトロ(独立行政法人日本貿易振興機構)とともにイノベーターを育成する「始動 Next Innovator」(以下「始動」)を主催していますが、土井さんはその5期生でもあります。
──ベンチャー出向自体は、非常に素晴らしい仕組みだと私も共感します。その上で問題提起したのは、ベンチャー出向を巨大化(メジャー化)するには、多くのハードルがあるということです。しかもそのハードルは、お金の問題ではなく、「このエース社員を動かせない」とか「前例もない、資本関係もないベンチャー企業に行かせて労務管理はどうするのか」といった大手側の「意思決定の重さ」です。
その問題は、われわれも認識しています。お金(補助金)を出せば、万事うまくいくとは考えていません。ただ、「始動」もそうですが、本事業が「国家プロジェクト」であることは1つの強みになるでしょう。大企業に強くメッセージを打ち出せると思いますし、経団連にも本事業の啓発をお願いするつもりです。
──「始動」には選抜者を対象としたシリコンバレープログラムがありますが、選抜された当人以上に、企業側には「国からのお墨付きを得られる」というメリットがあります。今回の事業に関しても、ベンチャー出向がうまくいった好事例が表彰されたり横展開が生まれたりすると、面白くなるかもしれません。
3. 経済産業省版「EIR(客員起業家制度)支援」の狙い
──次は「EIR(客員起業家制度)支援」についてです。
──一般的にEIRは、起業家がResidence(住み込み)のような形で既存企業に入り、新規事業立ち上げを行う仕組みを指します。経済産業省が行うEIRは、ベンチャーキャピタルが行うものとどのような違いがあるのでしょうか。
もともとこの制度は、大手企業とスタートアップの人材交流が念頭にあります。ヒントになったのはKDDIが運営する「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」です。デモデイなどを拝見する中で、スタートアップに張り付きながら伴走するKDDIチームの方々が生き生きとしているのが印象的でした。企業内の出島的なコミュニティで起業準備者・スタートアップが活躍すれば、組織に化学変化が起きます。しかも起業準備者・スタートアップも大企業のチャネルが使える。そんな双方のメリットから本事業を着想しました。
──なるほど。ムゲンラボのような取り組みを大きな組織の中で再現するということですね。
もちろんムゲンラボとまったく同じことはできないと思いますし、全ての企業に画一的なモデルを取り入れるつもりはありません。それぞれの企業に応じた仕組みができればよいと思います。
──起業にまつわる制度としては、スタートアップ・アクセラレーション・プログラムというものもありますが、それとは異なるイメージでしょうか。
一般的なスタートアップ・アクセラレーション・プログラムよりも、その企業のロケーションや社内の文脈を共有したいと考えています。今はコロナ禍でその実現がなかなか難しいかもしれませんが、そんな今だからこそ、場や空間の共有はとても大事だと実感しました。
──となると、EIR制度の場合も企業がその課題にもっと気づく必要がありますね。起業準備者・スタートアップにアセットを使わせてまで受け入れなければいけない、その理由付けをいかにすべきか。
そうですね。でもオープンイノベーションに取り組んでいる多くの企業には、「このままではまずい」という危機感があります。社内で起業準備者やスタートアップ育成する過程で、新規事業に取り組んでいく企業風土も育まれていくはずです。そのことを、国としてしっかりお伝えしたいと思っています。
──経験則からすると、EIRのような立場の方が大手企業の中で事業やスタートアップを立ち上げたとき、それが「大企業が100%出資した事業」だと、あまりうまくいきません。それはそうですよね、起業家が全精力を注いで事業を立ち上げたのに、その先ではオーナーシップを持てないのはつらいものがありますよね。一方で大手から支援を受けて起業するアクセラレーションプログラムのような制度は、事業立ち上げ後に起業家が100%舵を取ることができますが、制度として大手企業がモチベーションを保つのが難しい。両方の中間くらいの制度、例えば株式の過半数を起業家が持ちながら大手企業側も30〜40%くらいの保有比率を保てるような制度があれば理想的だと思っていました。
私も新規事業ではオーナーシップが非常に重要であると考えます。新規事業やスタートアップには、「プロダクト・マーケット・フィット」(PMF:プロダクトが特定のマーケットに適合している状態)という言葉がありますが、本当に大事なのは「ファウンダー・マーケット・フィット」です。つまりオーナーシップをしっかりと持った創業者を、マーケットにフィットさせていくことだと思います。
──やはり日本企業の経営の在り方をもっと進化させないといけません。多くの日本企業の経営モデルは四半期のPLを見る経営手法を取っています。しかし30%くらいの保有比率の関係性であれば、PL上では連結されなくてもBS的な価値があるとか、拒否権を持っている関係性だからこそスタートアップを既存事業とつなげることで別の価値を生み出せるとか、ダイナミックな経営をかなえられます。経済産業省にはその御旗を振っていただきたいです。本日はありがとうございました。