0.導入
2023年7月31日に発表された、DM三井製糖株式会社によるスタートアップ「株式会社YOUR MEAL」(旧:株式会社Muscle Deli)の買収は、業界に大きな話題を提供しました。一般にこうしたM&Aでは、先の状況を見ながらのマイノリティ出資が多い中、なぜ今回はマジョリティ出資という決断に至ったのでしょうか。DM三井製糖とYOUR MEAL双方が描いた未来戦略について、DM三井製糖ライフ・エナジー事業開発本部事業開発部長 兼 DM三井グループ研究所長の奥野雅浩氏と、YOUR MEAL代表取締役CEOの須藤大輔氏に話を伺いました。
1.価値提案型企業への変革に向け、 両者によるシナジー創出を目指す
近年、変化の厳しい経営環境を生き抜いていくために、大小さまざまな規模で企業間のM&Aが繰り広げられています。業界最大手である三井製糖もその1つであり、2022年10月に大日本明治製糖との合併を経て、DM三井製糖として新たなスタートを切りました。
その翌年、DM三井製糖が打った次の一手が、ダイエットやボディメイクに特化した冷凍弁当のEC販売事業などを展開するスタートアップ企業、YOUR MEALの買収です。現在DM三井製糖は「Nutrition by Life Stage」というコンセプトを掲げ、企業変革に積極的に取り組んでいます。奥野氏はイベントの冒頭、DM三井製糖の新規事業開発への姿勢について次のように語ります。
「これまで、私たちは砂糖を誠実に供給することを目的としてきましたが、食の多様化が進む中で新たな一歩を踏み出し、価値提案型企業に変革していく必要性を感じていました。そこで昨年の三井製糖と大日本明治製糖の合併のタイミングで、事業開発と研究所が一体となる本部を設立。新規事業開発に特化した開発チームとして、現在取り組みを進めているところです」(奥野氏)
それまでも、グループ会社であるニュートリー株式会社や株式会社タイショーテクノス、北海道糖業株式会社、サクラ食品工業株式会社といった企業と連携しながら、「Nutrition by Life Stage」の実現に向けた事業開発を推進してきたDM三井製糖。その取り組みの中で目に留まったのが、YOUR MEALでした。
「それまで私たちには、消費者と直接コミュニケーションをとるチャネルがありませんでした。YOUR MEALは、その機能を持ったプロ集団です。そこに着目して当社では、M&Aの話が浮上する以前から、自分たちの持っているリソースを活用しながら、どう新規顧客を見出していくか、市場開拓ができるかについて、同社と議論を重ねていたのです」(奥野氏)
そうしたディスカッションの結果、DM三井製糖の企業力・製品力とYOUR MEALのD2Cマーケティング力を合わせてシナジーを生み、『Nutrition by Life Stage』を実現しようという戦略のもとで、共に歩んでいくことになったと奥野氏は語ります。
2.変革を加速する「変化のためのマインドセット」との融合が狙い
イベント中盤、AlphaDriveの猪谷祐貴をファシリテーターに加え、大企業とスタートアップ双方の視点から、今回の買収をどのように捉えればよいのかという観点でパネルディスカッションが行われました。買収に関わるすべてのプロセスを担当してきた奥野、須藤両氏ならではの、非常に濃いディスカッションが展開されました。
──DM三井製糖の新規事業開発戦略の全体像と、M&Aの位置付けについて教えてください。
奥野:DM三井製糖は、経営指針としてかなりチャレンジングな目標を掲げており、実現のためにはスピード感が必要だと考えていました。そのことがまず、今回のM&Aの背景にあったのです。歴史の長い会社は、真面目な半面、どうしても大きな変化を嫌う傾向があります。そこでAlphaDriveさんに支援してもらいながらWillやマインドセットの持ち方を学んだ結果、私たちの社風にはない他社の文化をうまく融合していく必要性が理解でき、これまで以上に本気でM&Aに取り組んでいけるようになりました。
──企業変革が進む中で、YOUR MEALとはどのようにして出会ったのでしょうか。
須藤:私たちの方から、コンタクトを取りました。当社の扱っている食の領域というのは、人々の好みや文化といった、お金を投下するだけでは解決できない問題が多くあります。そうした部分で事業連携して、シナジーを創出できるパートナーをあちこち探す中で、DM三井製糖さんが候補に挙がったのです。
奥野:昨年の春に初めてお会いした時点で、目指しているビジョンが合っており、これは一緒にやっていけるんじゃないかと感じました。
──DM三井製糖としては、YOUR MEALを知って以降、どのタイミングで具体的なM&Aの可能性を考え始めたのでしょうか。
奥野 私は2022年の3月までシンガポールにいたのですが、三井製糖と大日本明治製糖が合併した結果、人的リソースに余剰感が生じていました。それをどう有効に配分しながら事業変革を実現していくかという課題に取り組む中で、YOUR MEALと出会ったのです。何より初めてお会いした須藤さんの持つパワーに触れて、これが事業変革には必要なのだと直感しました。
須藤:通常のM&Aに向けたプロセスというより、最初は事業のコンサルのような形でお付き合いが始まりました。言ってみれば、財務の話は置いておいて、事業づくりを先に始めてしまったわけですね。そこで「あれもやりたい」「これもやりたい」と伝えていく過程を通じて事業連携がどんどん進んでいき、肝心のM&Aについても早くしてほしいと急かすほどでした。進め方としては、かなり珍しいのではないかと思います。
3.DM三井製糖を選んだのは「未来が想像しにくいこと」に魅力を感じたから
──今回のM&Aは最終的にマジョリティ出資ということになりました。両社がその決断に至った背景を伺えますか。
奥野:先ほどYOUR MEALのパワーが欲しいと言いましたが、一方で正直なところ、スタートアップの文化を、大企業である当社の経営陣に理解してもらえるだろうかと思っていました。もちろん私自身は、YOUR MEALなら大きなリスクはないと確信していました。それは、須藤さんとコミュニケーションを重ねていく中で、感じるところがあったからだろうと思います。そこで、このM&Aは、私がリスクをとって実行したいと思っていました。そこで妙な駆け引きなどはせず、「一緒にやっていきましょう」という率直な意思表示として、マジョリティ出資*の方向へと進めていったのです。
*マジョリティ出資:M&Aで、対象となる企業の議決権の過半数を取得する出資のこと
須藤:30年後、50年後の未来を考えるならば、今ここでマジョリティ出資を受けるべきだと強く思っていました。私は以前、大企業でM&Aを経験しており、マジョリティ出資でうまくいったときの絶大なパワーを経験しています。また私の中でも、奥野さんの信頼できる人柄や、お互いの気概の一致から、今回のM&Aは必ずうまくいくとの確信がありました。それだけに、合併後の大きなパワーを期待できるマジョリティ出資が大前提だと考えていたのです。
──奥野さんと須藤さんのビジョンの一致が、今回のM&Aの大きな原動力になったのですね。とはいえ、YOUR MEALもさまざまな企業をパートナー候補に考えていたと思います。最終的に、DM三井製糖に絞り込んだ理由をお話しいただけますか。
須藤:当社の経営陣からは、「もっと他の企業も検討した方がよいのでは」と言われていたのは事実です。でもDM三井製糖しかないと、私が決めてしまった。その分、そこからの進展は早かったですね。DM三井製糖に決めた理由は、Willやビジョン、パーパスなどへの共感はもちろんですが、一番の決め手は「未来が想像しにくかった」ことです。これまでDM三井製糖にはtoC 事業の基盤がなかったこともあり、私たちが加わることによる化学反応は未知数でした。そこが面白いと判断しました。加えて自分たちの事業から見ても、原材料から販売まで一気通貫できる強さは大きな魅力でした。これも、Exit先をDM三井製糖に絞った大きな理由の1つです。
──2023年8月からDM三井製糖のグループ会社として事業を進めていくわけですが、マジョリティ出資によるメリットと、その生かし方について、具体的にどのように考えていますか。
須藤 子会社になることで、DM三井製糖のアセットだけでなく、その周辺のアセットも積極的に巻き込めるポジションになったと思っています。ビジネスを進める上では、そうした先にも強く協力を仰いでいきたい。これが、マジョリティならではのメリットだと考えています。大企業のリソースをダイナミックに生かすのは、マイノリティでは絶対にできないことです。私たちは今回のマジョリティ化を通して、スタートアップの新しい在り方を、マーケットの中で見せていきたいと思っています。
4.現状維持は衰退への道であり、新たなチャレンジは成長への第一歩
イベントの終盤では、視聴者を交えたQ&Aセッションが行われました。視聴者からの素朴な疑問から踏み込んだ質問まで、両氏共に時間いっぱいまで熱心に対応していただきました。
──「YOUR MEALのD2Cマーケティングのケイパビリティを、DM三井製糖の社内ではどのように評価されたのでしょうか。
奥野:率直に言って、YOUR MEALに対する社内の評価は、「こんな会社いくらでもある」というものでした。私からは、新規事業を起こすに際してやらなければいけないこと、また最短で顧客のニーズをつかむためのさまざまなチャレンジを日常的に実践している企業です、といった説明をして理解を得ていきました。
その後、関係性を築いていくプロセスが進んでいくと、当社の若手から「YOUR MEALに出向して一緒にやりたい」という声が出てくるなど、徐々に良い評価が聞こえるようになり、M&Aが加速していきました。
──スタートアップの魅力は、複数の出資元からリスクマネーを集め、利益度外視の戦いができるところだと思います。その反面、出資側としては赤字が続くと、既存部門から厳しい目が向けられ、新規事業がトーンダウンしてしまう懸念もあると思います。
奥野:もちろん、ずっと赤字垂れ流しのままであれば、それでもやり続けますという話は通りません。スタートアップと一緒に事業を展開していくには、これだけのシナジーがあると周囲に説明できた上で、なおかつ最低ラインのような目安が見えている必要があります。
YOUR MEALに関しては、ディスカッションを続けていく中で、業績も良くなっていったので、「これは勢いがある」と、社内でも評価されるようになっていきました。
須藤:既存部門から厳しい目を向けられるかどうかは、新規事業を求める大企業側のKPIの設定の仕方にも課題があると思います。例えば3年で100億円の事業をつくりなさいと言われても、それは実際のところ難しいわけです。もっとも今回のM&Aに関して言えば、DM三井製糖の既存事業が底堅く成長していく予測があらかじめ見えていたこと。そこに加えて、新規事業にチャレンジできるアセットが活用できるということがあったので、私自身は、それほどリスクはなかったと考えています。
奥野:そもそも、新規事業だけを手掛けるチームは、それ自体がリスクマネーですしね。M&Aによってそのチームを加速し、有効活用できるのならば、私はYOUR MEALと一緒になることは、全くリスクマネーだとは考えていませんでした。
須藤:現状維持は衰退です。チャレンジできず衰退していった大企業は、歴史上たくさんあるでしょう。その中でDM三井製糖の新規事業領域へのチャレンジは、成長への第一歩として必然的かつ有効だと思います。また、自己資本でゼロから育てていくより、スタートアップの力を借りる方が、リスクは低く抑えられるという考え方もあります。今回はそういった双方の思惑がうまく一致して、M&Aが成立したということだと思います。